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江戸真糊糸目友禅
東京友禅の染匠 有限会社ヤマト染芸

東京友禅(江戸友禅)とは
友禅染の発祥〜東京友禅【江戸友禅】の歴史・特徴


友禅染の発祥とその効果
 芸術的な意匠を施された着物は世界に類を見ない民族衣装です。その着物の華麗な美しさを支えているのが、江戸時代前期より始められたと伝えられる、防染糊による染色技術と※糸目糊という防染糊技術を使用した「友禅染」です。日本の染色はそれまで主に絞りと縫箔(絞りと刺繍・摺箔)によるものでした。友禅染めの技術は着物の意匠に大きな変化をもたらし多種多様な模様を色彩豊かに染めることを可能にした画期的な染色技術です。そして女性の着物姿を一層華やかに彩り、今日では世界中の男性を魅了してしまうようになったのです。

(※従来、友禅染は江戸時代中期、京都の扇絵師宮崎友禅斎によって始められた染色技法と言われておりました。しかし糸目糊による防染技術はそれ以前から既に存在していたようです。彼は糸目糊を使う防染法により扇絵のような華麗で絵画的な意匠の着物を染めました。それらはたちまち「友禅模様」として当時大評判となりました。やがて糸目糊による染色技法を「友禅染」と称されるようになったとの説が近年有力になっているようです。糸目糊による染色技術はそれ以前からあった訳ですから「いつの間にか技法の名称が作者の名に逆転した」という事のようです。

東京友禅の発祥
  江戸時代中期、江戸は既に人口百万を越える世界有数の大都市でした。文化の面においても写楽・北斎・広重・豊国などの画家達の活躍、式亭三馬・山東京伝・太田蜀山人・鶴屋南北らが一世を風靡し、庶民文化が最高潮に達した時代でした。この活気に満ちた一大消費地江戸に多くの染め職人達が京都から移り住むようになりました。大名の奥方、江戸城大奥の女性達、裕福な町方の子女は、お抱えの職人達に独自の絵柄を注文し染める事が流行り、日本最大の消費地江戸は、お誂え産地としても大きく発展してゆくことになりました。
 庶民文化の爛熟期に達した時代の風に江戸の着物意匠も大きな影響を受け、京都風の「はんなり」とした端正な色柄とはひと味違う、洒落た趣味のものが好まれ、特に町方を中心に「粋な着物」が、また山の手では上品な江戸解模様御所解風模様有職模様から草花・風物等の写実柄と、あらゆる階層で形式にとらわれることなく自由奔放に発展してゆきました。
東京友禅の技法的特徴
  現在行われている手描友禅防染糊にどの様な材料を使うかで大きく分けてゴム糸目による友禅染真糊糸目による友禅染めに分けることが出来ます。※1
 ゴム糸目友禅はその名の如く防染糊(糸目糊)に生ゴムを溶剤で溶かした物を主たる成分の糊を使い、コスト的にも優れ、技術的にも真糊による友禅より扱い易しく、手描き友禅製作者の裾野を広げ、着物の飛躍的な普及に多大な貢献をしました。また水ではなく石油系溶剤で落とす点を利用し、臈纈の併用など複雑な工程を駆使できる利点もあります。
 一方、江戸真糊糸目友禅本糊糸目友禅)は、餅粉を炊いて造る糊を防染糊(糸目糊)とする江戸時代中期以来の古典的な友禅技法です。東京友禅はこの真糊による防染法に拘りを持っている制作者(職人・染匠・或いはプロデューサーの立場を問わず)が他産地より多いのが特筆される事でしょう。真糊糸目による上品な温もりと味わい深い抑揚のある仕上がりを東京友禅では最上の物とされています。
 真糊糸目による友禅染は大変奥深い手仕事で、多岐にわたる工程を一人の技術者が全工程を極めるには限界があります。東京友禅の製作者達は自己のより高い技術と製品の完成度を求めて、各工程を分業細分化し専門性をより深めてゆきました。※2
 東京友禅の制作者達は下絵・糸目糊・友禅・引染・刺繍・仕上げなど多くの熟練した職人達の持てる高度な伝統技術を纏め上げ、各々が特徴ある東京友禅を染め上げるのです。
 東京友禅の拘りとは此のような江戸中期以来の最も古典的な染色技法の一つである真糊糸目に依る友禅」の伝統を守り続ける事です。そして、それぞれの工程を受け持つ一人々々の職人たちの「弛まない創意工夫」と「伝統を守る心意気」に支えられているのです。

※1 ローケツ、描き上げ、一珍糊、紅型などの型による染織品をそれぞれローケツ友禅・描き上げ友禅・一珍友禅・紅型友禅・摺型友禅或いは板場友禅等と呼ぶ場合もあようですが、原理主義的と思われる方もおられるかと思いますが、私はあえて「手技による防染糊の糸目を使用して筆や刷毛により彩色する技法」のみが友禅染と解釈しております。勿論、複合的な技法として、白付け糊一珍描き上げ(素描き)、絞り型を併用し主体的技法は「手技による糸目防染糊を使用て彩色する技法」をもって染色されたものは友禅染と考えます。これらの技法を巧みに駆使される友禅作家の方も多く居られます。制作者がそれぞれ得意な技法はどのように名付けようが自由なのですが、(江戸真糊糸目友禅もしかり)最初に列挙したそれぞれの技法のみによって染められたものを一般的な名称のように◯◯友禅と言った呼び名は違和感を感じます。

※2 物創りの現場において分業あるいは外注へのアプローチには主に二つの理由があります。一つは生産の効率化・均質化を目的として。これはは生産現場においては普通に試みられる事です。二番目はより高い技術と製品の完成度を求めるとき。これは手工芸品に於いては意外に多くの場合重要です。求める物が高度になる程に個人で極めるべき技術のハードルも高くなります。自分の理想とする技術の一端を誰かが提供してくれるなら、自分の受け持つべき技術の研鑽に専念する事が可能です。こう考えた人達では、「板谷波山」と轆轤師「現田市松」は有名です染色の世界でも人間国宝の山田 貢氏は当社の近所の大島さんで糊置を頼んでおられました。安定した糊を日々保ちつつ、納得できる染め上がりを保つのはさすがの人間国宝の山田さんでも至難であったのでしょう。でもお二人の業績は評価が高まる事こそあれ、些かも揺るぎはしませんでした。矛盾しそうなこの二つを限界まで追求する事が私達の仕事の理想形だと思います。
 他方で、私は全ての工程を一人でやり抜くという姿勢、又それを極める努力には心より敬意を払う者です。

東京友禅・地政学的な面からの特徴
東京友禅の特質は時代とその地域的特徴が作り出したものでもあります。
 一つには前述の通り、江戸時代以降、国内最大の消費地を抱えた産地「東京」(江戸)の友禅染は、膨大で多様な要求に答えるべく、意匠だけでなく技術的表現方法自由奔放に多様化してゆき、次第に制作者各々の独自性を高めてゆきました。
 二つ目の特質として、東京は首都であるが故に国内外から常に新旧・多様な文化の潮流に揉まれ鍛えられ、文化的に洗練された高い美意識が育まれました。着物の意匠にも洋風・オリエント風の紋様・色合いを伺わせるものも多く、また「江戸前の粋」とされる紋様が古典と現代風の見事な調和を感じさせるのも、江戸と東京は常に世界中の多様な文化の潮流に刺激され続けて来たからなのです。



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